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東京高等裁判所 昭和37年(ネ)2718号 判決 1964年3月27日

主文

原判決をつぎのとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し金三〇〇万円及びこれに対する昭和三六年六月三〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じて五分し、その一を被控訴人、その余を控訴人の負担とする。

この判決第二項は、被控訴人が金六〇万円の担保を供するときは、仮りに執行することができる。

事実

控訴人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠関係は、控訴人が当審における証人高橋良一の証言及び控訴本人尋問の結果を援用し、被控訴人が当審における証人溝越武の証言を援用したほかは、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

理由

一、控訴人が弘陽商運株式会社の代表取締役として中央自動車株式会社にあてて本件約束手形を振出したことは争がなく、被控訴人がこれらの手形の所持人となつた経過は、原判決理由一に認定されているとおりであるから、その記載(記録一六丁表四行目「甲第」以下同丁裏六行目)を引用することとする。

二、つぎに控訴人が本件手形の振出につき、悪意または重大な過失があつたかどうかについて検討する。

成立に争のない甲第五七号証、原審証人小川浩業の証言、原審及び当審における証人高橋良一の証言及び控訴人本人尋問の結果(高橋と控訴人の供述中後記認定に反する部分を除く)を総合すると、つぎの事実が認められる。

弘陽商運株式会社は、資本の額二〇〇万円で東京都江東区深川佐賀町一丁目八番地に一〇坪ばかりの事務所を借りて本店を置き、控訴人が高橋良一の協力のもとに経営を一手に掌握し、昭和三四年四月当時主として運送、梱包業を営んでいた。従業員は役員のほかに事務員、運転手、助手を合せて僅か六、七名に過ぎず、資産としては三輪自動車四台、事務用の什器備品、若干の売掛金だけで、他方短期金融による負債は四〇〇万円位あつた。

控訴人は高橋と相談のうえ会社の事業を拡張する計画を立てたが、そのためには短期借入金を長期借入金に借替え、延期された弁済期までに運送業を充実させると同時に商事部門において新しい事業を始め、銀行から融資を受けられるような企業状態にすることが必要であつた。そこで控訴人は被控訴人の子会社で資金の援助を受けている中央自動車株式会社の代表取締役小川浩業に対し、弘陽商運は運送業に固定した得意先があり、毎月確実な収入があるが、その得意先にまわす車が足りないといつて、同年四月から五月はじめにかけて中央自動車から月賦支払により中古の自動車二台を買入れ、その支払のため(イ)原判決添付手形表1ないし12 14 18 22 25 29 31 35 37 40 43 47 48 52の手形二五通、金額合計六一五、六六八円及びその他の約束手形を振出し、さらに中央自動車から自動車を買入れることを条件に資金の援助を受けることになり、(ロ)同表13 17 19 20 21 24 26 27 28 30 32 33 34 36 38 39 40 41 42 45 46 49 50 51 53 54の手形二六通、金額合計二五五万円及びその他の約束手形を振出し同社から手形割引により長期金融を受け、ほかに弘陽商運は中央自動車と融通手形を交換し、(ハ)同表15 16 24の手形三通(金額合計四五万円)を振出した。これらの手形は、中央自動車が被控訴人に裏書して割引を受けることは、控訴人も知るところであつた。弘陽商運では、このようにして得た資金をもつて、前記短期借入金の一部を弁済したが、控訴人と高橋は昭和三四年六月頃商事部門の新事業として、キスター商事株式会社から製品販売の権利を譲受けるため、現金二五〇万円を支払つたほか弘陽商運自身もキスター商事のために合計八〇〇万円位の手形を振出した。ところがキスター商事の資産内容は控訴人と高橋の見込よりもはるかに悪く、その得意先が注文を打切るなどの事情も加わつて、同社は同年七月末には早くも倒産状態となつたので、弘陽商運の右支出は全く無に帰し、かつ多額の債務に苦しむことになつた。他方、同社としては比較的確実な事業であつた運送業にしても、元来極めて小規模な経営で、正式の営業の許可を受けるに至らなかつたもので、中央自動車から前記のとおり二台の自動車(台数に争があるが、前記(イ)の手形金額と前記証人高橋良一控訴人の各供述によれば二台についてのみ証明のあつたものとなすほかなく、この点の前記小川浩業の証言は信用し難い)を買入れたものの、これを十分利用して計画どおりの営業成績をあげることもできなく、一ケ月一台につき三万円ないし三万五千円の純益を得るに止まつた。そして前記商事部門の失敗により、会社の機能全体が停止するや、中央自動車から買入れたものを含めて自動車を債権者に持ち去られ後に小川浩業が売渡した車をとり返しにいつたが、ついにその行方をつきとめることができないような状態であつた。

かくして、同社は同年四月から八月まで欠損を続け、八月末不渡手形を出して倒産するに至つたが、当時負債約一、二〇〇万円に達するのに対し、資産としては売掛金と事務所の什器備品を合せても四〇万円程度に過ぎなかつた。

以上のとおり認められ、高橋良一、控訴人の供述中右認定に反する部分は信用し難く、また両名の供述によつても、控訴人が、弘陽商運の事業の拡張が成功し、融資を受けるために振出した手形の支払が可能であると信ずるのも当然であると思われるような事情は見当らない。

この認定事実によれば、右(ロ)及び(ハ)の約束手形については控訴人は弘陽商運の代表取締役として、事業の遂行にはつきりとした見透しも方針もないのに、事業の拡張により収益を増加し、右手形金の支払が可能であると軽率に考え、これらの手形により金融を受け、自己の会社の資産、能力を顧慮せず調査不十分の事業に多額の投資をしたため、この破綻を招いたとみるほかはない。これは、いやしくも会社の経営に当る取締役としては、著しく放漫なやり方であるから、右手形の振出に関しては、この点において控訴人に重大な過失があつたというべきである。

しかしながら、前記(イ)の手形については、弘陽商運が中央自動車から買受けた自動車代金の支払のため振出したものでその振出も昭和三四年四月一七日から同年五月二日までのことであり、前記(ロ)及び(ハ)の手形と振出の事情を異にしておりその支払方法も長期にわたる分割弁済によるものであり、振出当時自動車運送については前記のように純益のあつたことが認められるので、たとえ前認定の事情があつても、当時においてはこれらの手形が不渡になることは到底予想し得ないところであり、むしろ、十分支払いうるものと信ずるのが通常であると認めざるを得ない。それゆえ、控訴人が同社の代表取締役としてこれらの手形を振出したことに関しては、悪意はもとより重大な過失があつたものと認めるに由ない。この点に関する被控訴人の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

三、よつて、被控訴人の蒙つた損害につき案ずるに、原審証人岡田敏男の証言と、これにより真正に成立したものと認められる甲第五五、第五六号証、原審証人小川浩業の証言によれば、中央自動車と弘陽商通はいずれも破産状態で、本件手形を支払う能力がないと認められるので、その所持人である被控訴人は手形金額相当の損害を蒙つたものというべく、前記(ロ)(ハ)の手形の振出により、前認定の二五五万円と四五万円との合計三〇〇万円の損害を被つたことが明らかである。

四、そうすると、控訴人は被控訴人に対し三〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日であることが記録上明白である昭和三六年六月三〇日から支払ずみまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、被控訴人の請求はこの範囲内においてのみ正当として認容すべくその余は失当として棄却すべきである。

よつて、原判決を右のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第九二条を適用し、主文のとおり判決する。

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